カテゴリー

2016年3月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

« 2007年5月 | トップページ | 2007年7月 »

2007年6月

2007年6月28日 (木)

ある新聞社へ

ではお聞きしますがなぜ僕は逮捕されないのですか。
これだけ僕に疑いがかかる条件がそろっているのに警察は逮捕はおろか直接接触してきたことも一度もないのですよ。
もう7年ですよ。
それとも何らかの条件があって警察が逮捕できないでいるとでも思っているのですか。
そんなことってあり得るんですか。
これだけ悪だ悪だといって警察が捜査していて、これだけの条件がそろっている人間を逮捕しないなんて条件なんてあり得るのですか。

警察がでっち上げた事件だから逮捕できないとは考えられないのですか。

それともう一つお聞きしますが渡辺秀子さんの事件は一体どうなったのですか。

このブログを書き始めたのが3月22日17時台(以前にも書きましたがこのココログは後から追加したブログで元のブログは3月22日から書き始めています)で渡辺さんが拉致濃厚とされてマスコミに発表されたのが同じ日の22時ごろとなっていた、渡辺さん事件は今どうなっているのですか。

そして渡辺さんは同じ埼玉県に住んでいて、ユニバーストレーディングは僕が働いていた会社と同じく金属、機械を扱っていた会社となっている渡辺さん事件はどうなっているのですか。

この事件では自衛隊幹部や海上保安庁の職員が関与していたことになっていますが、自衛隊や海保庁にこの事件に対してマスコミが何らかの取材やインタビューをしている場面を一度も見たことがありません。
そんなことは絶対にありえないことです。
拉致拉致と言ってきたマスコミが日本の国を守る人間が関与していたらそのことを聞かないわけがないですよね。
それとテレビの正式なニュースの中で今は亡くなったある大物芸能人や政治家まで関係していた情報も流していました。
それについても全く触れていない。
絶対にあり得ないです。

それと警察が自衛隊や海保庁を捜査しているという情報も全く出ていません。

それと渡辺さんが殺害されたとされる場所が特定できたようなニュースもやっていましたがその後どうなったのですか。本当ならとっくに現場検証していて結果が出ているはずです。
(このニュースが僕が見た渡部さんに関する最後のニュースでした。)

それにこの事件では尋常ではない数の証言者が出ています。
女工作員は事件の発覚を恐れて渡辺さんを殺害したことになっています。
殺害しなければならないほど発覚を恐れていたなら普段から発覚をおそれて慎重に活動しているはずです。なのになぜか周りには色々なことを知っているものすごい数の人間がいるのです。
これは完全に話が矛盾しています。

これらのマスコミの動きや警察の動き、証言を見れば、あの事件は嘘だったとしか言いようがないです。

この事件はミサイル事件で僕に対する証拠が何も出ない警察が新たに僕に疑いがかけらるように以前から準備していたのではないですか。
そして僕がこのブログを書き始めたのを知ってこのブログの噂が広まる前に慌てて発表したのだと僕は思っています。

勘違いして欲しくないのは、全部の拉致事件やそれに関連する事件を嘘だと言っているわけではありません。
僕が言いたいのは拉致やそれに関連する事件の中に、警察が野心や保身のために僕に疑いがかかるような事件をでっち上げて紛れ込ませていると言っているのです。

2007年6月27日 (水)

家宅捜索日の狙い

2006年のミサイル情報漏洩事件の家宅捜索が行われたのが1月17日です。
その前日16日は「ライブドア事件」の家宅捜索が行われています。
マスコミと国民の関心が一斉にライブドアのほうへ向いたすきにこっそりとミサイル事件の家宅捜索が行われたのだと思います。
ライブドアの家宅捜索の日を知っていたのでしょう。

実際にテレビでミサイル事件の家宅捜索のニュースを見ましたが、ライブドア事件のせいで時間はかなり短くあっという間に終わってしまいました。
それと漏洩事件のその後の続報をマスコミが流しているのを僕は見ていません。

これはどういうことかというとこの事件は僕がミサイル事件で疑われていることを知っている人にだけ見せたかったニュースなのです。
知っている人、つまり地元の人間と警察内部、そして自衛隊です。
これらの人間達だけに見せて、警察への不信の目を僕に反らすためにこの事件を無理やり造り上げたのです。

だからライブドア事件の家宅捜索直後に捜索を行い、僕のことを知らない人たちにはほとんど印象に残らないようにしたのです。
印象に残ってしまえばこの事件が注目を浴びて、マスコミが深く追求します。そうなると無理やりつくり上げたことがばれる可能性があるからです。

この事件が他の人の印象に残っていないことはネットでこの2006年の1月17日の家宅捜索について検索してみるとわかります。

この家宅捜索について書いている記事が非常に少ないのです。

1年くらい前、事件からそれ程経っていない時に検索したにもかかわらず、いくら調べてもこれに関する記事が見つからないので途中で検索するのをあきらめたくらいでした。
これは大部分の国民がこの事件を知らないか、あまりにもニュースの時間が短かったため大した事件だとは思わなかったからだと思います。

しかし僕のことを知っている人間にとっては大ニュースなのです。

(追記)
しかしここ数日検索してみるとなぜか2つばかり直ぐに見つかりましたが、その2つの記事ともこれもなぜか17日の家宅捜索については一切書かれておらず、24日に警察がミサイルの情報がもれたと発表したということにされていました。僕はこの24日の警察の発表については全く知りませんでした。「ミサイル情報 流出」などで検索してみてください

2007年6月26日 (火)

伝令約の造られ方

僕の知り合いと同姓同名の人が工作員の伝令役と書きましたが、僕はこの同姓同名の人とは警察に監視されるようになってから一度会っています。
会っているといっても友人の結婚式でです。
二人で会ったわけではありません。
この同姓同名の人はその友人やそこに客として来ていた友人達とも共通の知り合いで、僕だけの知り合いではありません。
恐らく警察は結婚式の出席者の名簿を式場の人から借り、その中で僕を部下とするのに丁度いい年齢の人を探し、伝令約としたのです。
それがこの同姓同名の知り合いなのです。

2007年6月25日 (月)

前回の記事の説明

前回の記事でB事件=2006年のミサイル情報漏洩事件と書きましたが、正確には少し違っていました。
B事件の話が複雑なので表現がうまく出来ませんでした。
短く説明するのが難しいので、今までの記事を引用して、新たに言葉を付け加えたりしてB事件の説明をしてみました。

14年以上前に僕が契約社員として働いていた7、8ヶ月間に会社である事故と空き巣事件がありました。
この会社はミサイル部品を扱っている会社です。扱っているといってもメインで扱っている物は全く別の物で軍事には全く関係のない物です。その中で極少量ですがミサイルの部品の試作品も扱っているという程度です。
「事故」に関しては僕は疑われるようなことは一切ありませんでした(もちろんただの事故で僕は関係していませんしその当時も事件性の話しなどは全く出ていません)が、「空き巣」に関して疑われてしまいした。
僕はそこで勤める以前から視線恐怖症(関連記事)、対人恐怖症を患っていて会社の人とうまく付き合いができず普段からおどおどしていました。その上歯医者(AJSに加盟している)で保険が適用されない矯正治療を受けるため100万円近いお金を借りてその信販会社から「実際に勤めているか」の確認の電話が会社にかかってきたのです。こういうこともあり自分が疑われるのではないかとびくびくしていると、空き巣の話しが出るたびに顔をそむけたり不信な行動を取るようになってしまったのです。そのせいで本当に回りの人から疑われるようになり居ずらくなって会社を辞めていまいました。(もちろん僕はやっていません)

その後、今度はひったくり事件が起きました。

1998年末から警備員のアルバイトを始めました。そして2000年3月頃、以前からあった鬱病がひどくなってきたので警備員のアルバイトを休職していました。結局6月に辞めてしまいました。
その休職期間の4月頃、僕が釣りから帰ってくると、母親が家の近くで中学生か高校生ぐらいのバイクの2人組にひったくりをされたということで警察が家に来ていました。
しかし視線恐怖症や対人恐怖症でおどおどしてしまうと自分がひったくりと関わりがあるように疑われると思ったので、僕はそこへ顔を出しませんでした。

その後、鬱病で人間不信になっていたのと、母親が事件に遭ったのに警察の前に顔を出さなかったこと、そして空き巣事件のこともあったので、警察に自分がひったくりと関わりがあるように見られると思っていたので、警察が監視や尾行しているのではないかと外に出る時はいつも周りを気にしていました。

そうしたら本当に尾行や監視されていることに気づきました。

気分転換で散歩や買い物に出かけると必ずといっていいほど僕がいつも同じ場所を通過すると目の前を車が通過していくのです。車種は毎回のように違うのですが、あまり車の通りが多くない道なのに毎回僕が同じ位置を通過すると目の前の十字路を車が通過していくのです。
それとその頃釣りであちこちへ行っていたのですが、行く所行く所セスナやヘリが現れていました。ヘリに関してはかなり高い位置でしたが僕の近くで停止していました。
それに釣り人しか来ないだろうというところにパトカーが来て横をゆっくりと通過していくこともありました。

そうしているうちにあの9・11テロが起こったのです

テロによって警察は不審者に対して過剰な警戒をするようになったのです。
あの当時は警察だけでなく国や県、そこに自衛隊が加わって日本中が警戒を強めていました。

そんな中で、過去に周りで空き巣事件と事故、ひったくりもあって、いつもやたらと周りを警戒していて、顔つきもおかしい(鬱病の影響)人間がいれば警察の格好の餌食になることは皆さんも簡単にわかると思います。

テロの影響も受けて、警察は、「これだけおかしな状況があって何も無いはずが無い」という強い思い込みをしたのではないでしょうか。

しかしいくら僕の周りを捜査しても何も出てこないので、最後は、ミサイルを扱っていた会社で起きた事件と事故を元に事件を自ら作ったのです。

事件の内容は、「僕が以前働いていた会社で空き巣に入って、そして盗んだものはミサイルのデータ」というものです。

この事件が造られていることはあるマスコミの情報と、警察の動きや自衛隊機が僕の家の周りを飛び回ることでわかりました。

そのあるマスコミによると「北朝鮮の工作員がいて、活動には命令を下す主犯格の工作員と伝令約の部下とそのまた実行役の部下がいて、日本で活動している」というものでした。
その伝令約の部下の名前が僕の知りあいと同姓同名だったのです。もちろんその人はそんなことをする人ではないし、そんなことをするような職種に就いていません。

要するにこういうことです。
北朝鮮の工作員が日本にいる僕の知り合いに日本のミサイルの情報を盗むよう命令し、その命令を僕が受けて、ミサイルの情報を僕が盗んだというストーリーを造ったのです。
会社の「事故」に関しては正直警察がどう捉えているかわからないのですが、何らかの関係があるということにはしていると思います。

そしてストーリーを造った警察自身がこのスト-リーを完全に本物だと信じ込んだのです。

その後は警察のやりたい放題です。
桶川市では拉致事件には全く関係ないのに、なぜかかなり早い時期に桶川市議会が拉致の早期解決の要望書を国に提出しています。ということは警察は地元の人間(議員など)に僕が工作員の仲間だという話を早いうちにしているはずです。
それと警察は捜査をし易くするためにミサイル事件以外の僕に疑いがかかる事件(美容師事件、通り魔)をでっち上げ僕を要注意人物に仕立て上げ地元の一般市民を見方にしたりもしています。
つまり警察は地元のかなりの数の人間に僕を悪人だと思い込ませたのです。

それと自衛隊は警察の話を受けて自衛隊機で僕を脅迫をしてきました。
特に北朝鮮関係のことでなにか動きがあった日は必ず家の上空を爆音を立てて脅迫してきました。

しかし警察はこのように完全に僕を工作員の仲間だと信じて、自衛隊といっしょになって汚いことをやってきてしまったにも関わらず、いくら調べても僕と工作員がつながるような証拠が出てこない。
警察はこの時点ですでにあせっていたと思います。

そうしているうちに2005年11月になりこういう事があったのです。

僕が車でいつも通っている踏み切りに制服を着た警察官が2人立っていました。なんの目的でそこ
に立っていたのかはわかりませんが、僕はそれまで散々脅迫や監視などを受けてきて頭にきていたのでその警察官を睨み付けてやりました。
向こうもそれに気づいてすぐに目をそらしました。
その数日後踏み切りの近くの住宅街の交差点を通過しようとしたらその警察官2人に一時停止違反で呼び止められ切符を切られました。
その交差点は10年以上通っていましたが警察が取締りをしているのを一度も見たことがありませ
んでした。その住宅街でパトカーすら見たことがありませんでした。なので僕は完全に睨み付けへの報復行為だと思い、とうとう切れてしまい、警察が書類を書いている最中に「警察は人権侵害をしているぞー」とわざと周りの家に聞こえるように大声で何回もわめき散らしました。それと以前のこの大騒ぎした記事で書き忘れましたが、警察と別れ際に「人権侵害で訴えてやるからな」ということも僕は言いました。

いつまで経っても僕が逮捕されないし本人はこうやって人権侵害されてると大騒ぎしている。
当然地元の人間は警察のほうを疑いだします。警察内部にも疑いを持つ人間が現れると思います。
警察自身もそうなることをわかっていてそのことを恐れているはずです。
そうならないためには僕に新たに疑いがかかる情報が必要になってきます。

そこでその大騒ぎした約2ヵ月後に2006年1月17日に、朝鮮総連傘下の会社でミサイルのデータが見つかり北朝鮮へデータが流れた恐れがあるとして傘下の会社が家宅捜索をしたのです。
(同月26日にAJSも全く別の容疑で家宅を受けています)

しかしこの事件に関係がある会社のリストの中に僕が働いていたミサイル部品を扱っていた会社は入っていなかったので、この捜査で僕がいた会社は家宅捜索などは受けていませんし、僕も捜査は受けていません。

ではなぜこの事件で僕に疑いがかかるかというと、この事件で見つかったデータが1993年から95年のものだったからです。
僕が会社で働いていたのが1995年でちょうど時期が重なるのです。

警察は僕に疑いをかけた事件に信憑性を持たせるために新たに事件を造り、僕がミサイルを扱う会社で働いていた丁度同じ時期に他にも同じような事件があったということにしたのです。
これによって何の証拠も無い僕に新たに工作員の仲間だという疑いをかけることが出来たのです。
そして警察は周りの人間の自分達への疑いの目をまた僕のほうにそらしたのです。

結局警察は最初に大手柄という野心のためにミサイル情報漏洩事件でっち上げ僕を悪人に仕立て上げ、次にその事件のでっち上げがばれないため、保身のために新たにミサイル情報漏洩事件をでっち上げて自分達を守ったというのがB事件の全容なのです。

2007年6月23日 (土)

B事件=ミサイル情報漏洩事件

B事件とはミサイル情報漏洩事件のことです。

この事件は2005年10月に薬事法違反で朝鮮総連傘下の企業の家宅捜索をしている際に偶然陸上自衛隊の地対空ミサイル(SAM)の開発段階のデータに関する資料が見つかり北朝鮮にデータがもれたとされ、2006年1月17日に傘下の企業が家宅捜索を受けています。

この事件に関係がある会社のリストの中に僕が働いていたミサイル部品を扱っていた会社は入っていなかったので、この捜査で僕がいた会社は家宅捜索などは受けていませんし、僕も捜査は受けていません。

ではなぜこの事件で僕に疑いがかかるかというと、まずこのミサイルを開発していた会社が僕が働いていたミサイル部品を扱う会社の関係会社なのです。
そしてこの捜索で見つかったデータが1993年から95年のものだったからです。
僕が会社で働いていたのが1995年でちょうど時期が重なるのです。

警察は僕に疑いをかけた事件に信憑性を持たせるために新たに事件を造り、僕がミサイルを扱う会社で働いていた丁度同じ時期に関連会社でも同じような事件があったということにしたのです。

これによって何の証拠も無い僕に新たに工作員の仲間だという疑いをかけることが出来たのです。

また同月26日にその会社で働いている時期に通いだした歯科医院AJSも全く別の容疑で家宅を受けています。
これもまたスパイとする証拠を探すための別件捜査です。

2007年6月20日 (水)

今日の自衛隊機犯罪

11時28分
自衛隊双発ヘリ3機がまた3角形に並んで家の西200~300メートルぐらいの位置を北から南へ通過。

12時11分
その3機のヘリが今度は南東の方角から北西へ家の真上に近い位置を通過。

2007年6月19日 (火)

自衛隊機犯罪

昨日18時40分頃
自衛隊ヘリ3機が3角形に並んで家のほぼ真上を通過。
南から北へライトを点けてゆっくりと通過。

今朝も自衛隊ヘリが一度近くを飛んでいきました。

11時50分
自衛隊ヘリ部屋から見えない近い位置を通過。
恐らく音からすると昨日のように数機いたように思えます。

最近マスコミが拉致問題をあまり取り上げなくなってきているので、地元の人間や内部の人間から自衛隊に疑いの目を向けられないように、また頻繁に飛んで僕に疑いがかかっている振りをしています。

このブログで自衛隊機が「南から北へ」「北から南へ」通過とよく書いていますが
いつも同じ方角から飛んでくるわけではなく「南から北へ」は南東から南西の間「北から南へ」は北東から北西の間から飛んできて、毎回飛んでくる方角は違います。

それと家の真上を通過とよく書いていますが、それも同じで毎回違う方角から飛んできます。
南東から南西の間、北東から北西の間、そして家の完全な真正面から飛んでくることも良くあります。

毎回違う方角から飛んでくるのに、家の真上を通過していくということは、確実にこの家を標的にして飛んでいるということです。

確実に自衛隊は僕を脅迫しています。

2007年6月18日 (月)

このブログを書くきっかけになったサイトさん

今日は朝から自衛隊機がバンバン飛んでいます。
例の北朝鮮総連の施設に関する裁判がある日なのでそれにかこつけて
自衛隊、政治家、警察の保身のために「僕にB事件の疑いがかかっている」というパフォーマンスをしています。

先日自衛隊が国民に対する監視活動をしていたことが表に出て問題になっていました。
監視はするは、脅迫はするは、本当の犯罪者は自衛隊とそれを利用している政治家達です。
こんなことをする権利が無いのにのうのうとやり続けている自衛隊こそ犯罪者です。
本当の要注意人物は自衛隊と政治家、警察のほうです。
本当に監視を受けなければならないのはこの犯罪者集団のほうです。

http://www.jca.apc.org/~con3/index.htm
勝手にURLを載せさせてもらいましたが
このURLは僕がこのブログを書き始めるきっかけの一つにもなったサイトさんです。

「人権侵害」や「警察官犯罪」のページを見て下さい。
僕と同じような目に遭わされたことが書かれています。

2007年6月16日 (土)

ドライブの途中に

13時30分頃車で以前ブラックバス釣りに行っていた浦和の荒川にドライブに行ってきました。
渋滞していると思ったので大宮バイパスの入り口までは裏道を行きました。その裏道は途中まで、いつも伊佐沼へ行く道と同じなのです。
その裏道を走っていたら途中からパトカーが横道から入ってきて僕の一台前をゆっくりと走っていました。
そしてその上をセスナ機が真後ろから飛んできて真上を通過していきました。
僕の車とパトカーの完全に真上を通過していったのです。

やはり伊佐沼へ行く道でこのようなことがあるということは川越事件を僕の犯行としているのでしょう。
というより警察は保身のためにその振りをしています。
そしてホンダ航空のセスナ機がそれにだまされていっしょに監視しているということです。

帰りにどのような反応をするか試すために、わざと川越のほうを通って帰ってきましたが、案の定セスナ機が僕の車の横、結構低い位置をゆっくりと並んで飛んでいきました。
しかしパトカーはいませんでした。

それにしてもああやって現場で監視している警察官やホンダエアポートの人はおかしいとは思わないものなのでしょうか。
7年にも渡って僕が要注意人物扱いされていて、実際に僕が疑われる事件が次々と起こっているのに警察が直接僕に接触してきたことが一度も無いという状況を。

2007年6月14日 (木)

パフォーマンス

もういい加減書くのが嫌になってきましたが、よど号犯関係者の帰国日以来自衛隊機は全く飛んでいませんでしたが、3日前からかなりの数が飛んでいます。
なぜか戦闘機がやたらと多いです。
今日は自衛隊ヘリが2機通過していきました。家の直ぐそばを自衛隊ヘリが通過するのは久々です。
よど号犯の拉致事件の家宅捜索があることを利用してまた「僕にB事件の疑いがかかっている」という警察、自衛隊、政治家達の保身のためのパフォーマンスをしています。

2007年6月 7日 (木)

川越の事件はやはり警察の自作自演

やはり今成小学校の窓ガラス割り事件は警察による自作自演だと思います。

思い出したのですが、事件の2~4週間ぐらい前にうちが小学生に2回ピンポンダッシュされています。走り去る時の声や足音が小学校低学年ぐらいでした。

このことを警察はうちを24時間監視していますから確実に見ています。
それに地元の人間も僕の監視をしているからそれを見ているはずです。
なぜ地元の人間が監視していることがわかるかというと、ここ2年ぐらいよく市の広報カーで「最近子供を狙った犯罪が増えているので町ぐるみで子供達を見守りましょう」ということを家の近くや家の前で宣伝しています。なので当然要注意人物扱いされている僕は登下校中の町ぐるみの監視対象になっているはずだからです。
というよりこの宣伝は僕個人に対しての宣伝ではないかとも思っています。
僕が要注意人物扱いをされるように色々な事件をでっち上げた警察自身も当然その監視を知っているはずです。

そしてその後窓ガラス事件が起きたのが小学校です。

これで猫事件だけではなく、窓ガラス事件でも僕に疑いがかかることが事件の前に起こっていることになります。

警察は僕の家がピンポンダッシュをされているのを知ったのと、地元の人間が僕の家がピンポンダッシュされていることを知っていることも、警察は知っています。
そこで僕がこのピンポンダッシュで小学校に恨みを持ったかのように思わせるため、自ら小学校の窓を割って僕に疑いをかけたのだと思います。

拉致事件やB事件で疑いをかけるのが難しくなってきて、しかもこのブログで通り魔事件や美容師殺害事件の嘘をばらされて立場がまずくなってきた警察が、新たに僕に疑いがかかる事件を自作自演し、このブログの噂が広まる前に地元の人間にまた僕を疑わせようとしたのだと思います。

そもそも警察や地元のセスナや飛行船で7年間も自分が監視されていることを知っている僕がその中で犯罪など起こすわけが無いし、僕が川越に行っていた16時から17時という昼間と変わらない明るさの時間帯にそんな犯罪を犯せるわけがありません。そんな中で僕が犯罪を犯せば必ず現行犯逮捕されているはずです。

それとブログの6月2日の2つ目の猫殺害事件の記事で「子猫が家の近くで鳴いていたのを5月27日から28日」と書きましたがそれより前だったかもしれません。
まさかこんな事件が起きるとは思ってもいないので詳しい日付は覚えていません。
しかし僕が最後に伊佐沼へ行ったのは5月26日なので殺害された猫が発見されたのは6月2日で1週間も後です。通学路の直ぐ近くと言うことなので1週間も発見されないと言うことは無いと思うので27日以降に猫がその場所に置かれたなら27日以降川越に行っていない僕には疑いをかけられません。

絶対に窓ガラス事件も猫事件も僕はやっていませんし、犯罪を犯すこと自体不可能です。

2007年6月 5日 (火)

帰国のニュースからわかること

今日はよど号ハイジャックグループと関係があり、拉致のことを知っているかもしれないとされる人間が帰国するそうですね。
僕は帰国は8日頃だと勘違いしていましたが。

昨日の記事で「警察は僕に拉致事件とB事件で疑いをかけるのを止めて拉致事件とB事件以外の事件で疑いをかけるつもりかも」と書きましたが
それはどうやら違うようです。

今日の午前中から午後にかけてまた輸送機や軍用ヘリが位置的には少し離れていますがかなりの数が飛んでいました。

今度はこの帰国を利用して警察と自衛隊が自身の保身のために「僕に拉致事件と関係あるB事件の疑いがかかっている」というパフォーマンスをしていました。

それと新聞ではおかしなことが起こっていることに気付きました。
拉致を知っているかもしれない人間が帰国するというのに、そのことを放送する予定を新聞のテレビ欄で紹介している局はNHKとTBSしかありません。
最終的にはこの人間が日本に到着したら全局が放送するとは思うのですが、今まで拉致拉致と言ってきたテレビ局がこのような消極的な態度をとるなんてあり得ないことです。
それに番組欄で紹介したTBSですら帰国するというニュースを放送した時間は大して長くはありませんでした。
それとうちは読売新聞を取っていますが、今日の朝刊の1面や社会面、新聞のどこにも帰国のことが取り上げられていません。

間違いなくマスコミは今までの拉致の情報におかしなところがあることに気付いています。
もちろん今回のこの人間が実際に拉致に関係あるか無いかは知りませんが、マスコミはなるべく大げさにしないようにしているのは確かです。

2007年6月 4日 (月)

A事件=拉致事件です

もうほとんどの方がわかっていたと思いますが、A事件とは北朝鮮による拉致事件のことです。
「今回のA事件」や「先日のA事件」とは渡辺秀子さんが殺害されたとされる事件とその子らの拉致されたとされる事件のことです。
これを今までの記事にあてはめてもう一度読み直してみてください。

先日の6月2日の記事のタイトルが「また僕に疑いがかかる事件が起きた」となっていたので、あの脱北者が青森に漂着した事件のことかと思われた方も多いと思います。

しかし今回の脱北者事件では僕に疑いがかかるような内容のことはなにも出ていません。

それとそのことに関連しているのではないかと思っていることがあります。

最近自衛隊機がほとんど飛ばなくなり、脱北者発見の日も全く飛んでいませんでした。
脱北者のことで僕に疑いがかかるようなこともまったくなっかた。
これらのことから僕に拉致事件や、B事件で疑いをかけるのを止めたのではないでしょうか。

そして今度は拉致事件やB事件とは全く関係ない、以前書いた似顔絵が僕にそっくりな通り魔事件に関係しそうな6月2日の記事のような事件をでっち上げて僕に疑いをかけようとしているのではないでしょうか。
拉致やB事件はあまりにも大きすぎて話を作るのが難しいし、ばれた時にあまりにも代償が大きいので、通り魔や窓ガラス事件、猫殺害事件など規模の小さい事件に変更したのではないでしょうか。
こうやって僕に疑いをかけ続けて、地元の人間に僕を要注意人物扱いさせておけば、今まで警察に協力してきた地元の人たちからの警察への不信の目をそらすことができ、告発なども防ぐことが出来ます。
それに今回の窓ガラス事件は現場が小学校で、猫殺害事件は直ぐ近くに中学校がありその中学校から警察に通報がありました。このように新たな学校に関わる事件で僕に疑いをかけておけばこのブログで被害者が女子中学生の通り魔事件がでっち上げとした疑いを払拭することも出来ます。

それともしかしたら先日の窓ガラス事件と猫殺害事件が起きる前に警察と自衛隊が僕への監視をやめていて、そのとたん起こった事件という設定にしたのではないでしょうか。
そうすれば僕が伊佐沼へ行っていたというアリバイがなくなるからです。

2007年6月 2日 (土)

呆れてしまいます

先ほど夕方のスーパーニュースを見ていたら川越の今成小学校のわずか2キロメートルぐらい離れた同市の的場という場所で猫の頭部の無い死骸が発見されたというニュースをやっていました。 慌ててネットで検索してみたら日刊スポーツのサイトに載っていました。2日の午前7時半ごろ近所の人が発見したそうです。 なんと前の記事を投稿した4~5分後ぐらいにこの事件が警察から発表されています。(日刊スポーツの記事では3日となっていますが2日の間違いです)そして記事を投稿した10~20分後ぐらいに飛行船が家の直ぐそばを通過していきました。 実は先月27日の夜から28日の昼間にかけて家の近くで子猫が鳴いていました。姿は見えなかったのですが、鳴き声があちらこちらに移動していて野良猫の子供が親猫を探しまわっていたいたのだと思います。僕は27日の深夜に1回と28日の昼頃に1回、庭に出て30秒ぐらいですが探しましたが結局見つかりませんでした。外に出ると鳴き声が止んでしまいどこにいるのかわからないからです。その後14時ごろに鳴き声が聞こえなくなりそれっきり鳴き声は聞いていません。近所の人は猫の鳴き声を聞いているはずだし僕が猫を探していた姿も見ていると思います。 殺害されたのがいつで、いつからそこに死骸があったかなどの詳しいことはわかっていませんが、猫は別の場所で殺害してそこへ運んだとありました。 また僕が疑われる事件の出来上がりです。これも僕に疑いをかけるものであるならもう呆れてしまいます。

また僕に疑いがかかる事件が起きた

5月26日の記事でまた川越の伊佐沼へ行ったという記事を書きましたがその次の日に川越の今成小学校で窓ガラスが割られているのが発見されたそうです。
昨日のテレ玉の埼玉の1週間のニュースで知りました。

窓が割られていたのは27日午前6時30分ごろ男性教諭が発見して発覚したそうです。
26日午後1時15分ごろ校長が学校から帰宅した後から、発見される27日午前6時30分の間の犯行だそうです。
僕が伊佐沼へ行ったのが26日午後4時過ぎです。
今なり小学校は伊佐沼から直線でおよそ4キロの位置です。

また僕に疑いがかかる事件が起きました。

実は26日の記事では偶然かもしれないと思い書いていませんでしたが、伊佐沼へ行く途中、黄色い蛍光色のジャンパーを着た6、7人の中年から初老位の人たちの防犯グル-プを見かけました。

そして帰りには伊佐沼の近くで防犯パトロール中のステッカーを貼ったワゴン車を見かけました。そのワゴン車は僕の車の列の2,3台前に横道から割り込んできました。僕は信号で引っかかったので、しばらくしてからそのワゴン車の後を追う形となりましたが、なぜかワゴン車は途中で止まっていてこちら向きに向きを変えて止まっていました。
その道は今成小学校の方角へ向かう道です。

伊佐沼へは何度も行っていますが黄色のジャンパーを着たあからさまのパトロールの人や大きなパトール中のステッカーを貼った車を見かけたという記憶はありません。

これらの人たちが僕の監視のためのパトロールをしていたとするとこういうことになります。

行きも帰りも僕が今成小学校の方角へ行っていたことの目撃者が出来ているわけです。
そして26日の記事でも書いたように帰りの途中で、以前から僕を監視していた飛行船も僕がその道を帰ってきたきたことを目撃していますから、飛行船も僕が今成小の方角へ行ったことを目撃しているということです。

しかし肝心の伊佐沼ではパトロールらしい人や車、セスナや飛行船、自衛隊機もいませんでした。

要するに実際に僕がどこで何をしていたかはわからないけど、今成小学校の方向へ行ったことは確かだということになります。

これって話が出来すぎてると思いませんか。

監視をしていた人たちは僕が犯行時間に今成小の方角へ行っていたことは知っているけど、それは伊佐沼へ行っていたんだということは知らない。
ということは窓の破壊は当然以前から要注意人物扱いされている僕が疑われます。

結局これでまた僕に疑いがかかる事件が出来上がったわけです。

これだけ僕に疑いがかかるのに都合が良い条件がそろうなんて、初めから全てがそのために用意されていたのではないでしょうか。
パトロールや飛行船は何らかの理由をつけて誰かにその時間のその場所で監視をするように仕組まれたのではないでしょうか。

もちろんこれはパトロールの人たちが僕を監視するための人たちであった場合の話ですが。

それと次の日の27日にも川越市内の学校で窓ガラスが割られる事件が2件起きていて警察は26日の事件との同一犯かもしれないとしているようです。僕は27日は出かけていないので同一犯なら僕に疑いはかかりませんが、あくまでも「かもしれない」なので、僕へ疑いが消えるわけではありません。

こういうことを考えるにはわけがあります。
数年前僕の母校の高校へ暇つぶしで車で行ったことがありました。
その時は車で学校の横を通り過ぎただけでした。
しかしその数日後にその高校の窓ガラスが割られる事件が起きたのです。
この時もすでに警察に監視されていたので僕が犯人なら現行犯逮捕されていなければなりません。

これを読んで偶然だと思いますか?。

それと最近家の前の道には下校する小学生の声や近所の家の子供達のはしゃぐ声が毎日聞こえていたのに今週の火曜日からそれらがぴたりと止んでしまいました。それと先日の木曜には飛行船が家の真上を通過していきました。飛行船は家の近くは飛びますが真上を通過するということはほとんどありません。
警察がこのブログ対策のためにまた僕に疑いがかかるようなことをしたのではないかと不安になっていたところでした。
やはり今回の事件のせいかなのかもしれません。

もしこれらがすべて偶然であっても僕にはなんの責任もありません。
なぜならこういう事を僕に書かせるようなことを警察、自衛隊、政治家達自身がしてきたからです。

2007年6月 1日 (金)

惨めな生活

警察と自衛隊と政治家、こいつらの野心と保身のために犯罪者に仕立て上げられ、監視と脅迫され、色々な悪評を流され名誉を毀損され、そして地元の人間にまで疑われ監視を受けてきました。しかも7年という長期間続いているのです。このせいで仕事を探すことすら出来ません。気晴らしにどこかへ出かけてもヘリやセスナで付いてこられ気持ちが休まることがなくいつも生きた心地がしません。

うつ病には早朝の散歩がいいと本で読んだので朝5時に散歩に出ると横をパトカーが通過したり頭の真上を一般タイプのヘリが通過したりしました。朝の5時にですよ。
3、4年前にうつ病の治療のため病院へ通院していた時もヘリがよく近くを通過していきました。
このため散歩や通院をするのが恐くなり続けられなくなりうつ病を治す機会も奪われました。

気晴らしに戸田公園へ行った時、荒川の土手の上にいた時、真上をヘリが2回通過していきました。
その1年後ぐらいに秋葉原に行った時もヘリが近くを爆音をたてて通過していき、その後に行った葛西臨海公園にもヘリが来て何度も近くを爆音を立てて脅迫されました。

心臓神経症という病気を知っていますか。
これは病気といえるのかどうかわかりませんが精神的にストレスを受けたときに出る症状らしいですが僕は監視や脅迫を受けるようになってからこれにかかりました。
パニック傷害の過呼吸症候群に似ていて
症状は実際には心臓はどこも悪くなのに心臓が重大な疾患にかかっているのではないか、心臓が止まって死んでしまうのではないか、という恐怖心に取り付かれパニックになってしまうのです。
思い込みではあるのですが、ものすごく恐ろしく苦しいのです。
あまりにも怖いのでいっそのこと本当に死んでしまいたくなるほどです。
この症状が3,4年前にある日突然始まって未だに続いています。
最近はだいぶ軽くなったのですが、一時この症状のせいで本当に不整脈が出てしまい救急車で運ばれ1日入院したことがありました。それ以来一時的なものですが不整脈が出るようになってしまいました。
心臓神経症は心臓を気にするあまり本当に心臓が悪くなってしまうことがあるそうで、まさに僕はそうなってしまいました。

このような惨めな生活を警察、自衛隊、政治家達の野心と保身のために7年にも渡って送らされているのです。

絶対に警察、自衛隊、政治家達を許すわけにはいきません。

« 2007年5月 | トップページ | 2007年7月 »

最近のトラックバック

無料ブログはココログ